山形市と東京都江東区で元交際相手の男性2人の親3人を殺害した浅山克己被告、死刑判決が確定

人命を軽視する態度で、結果は極めて重大だ

いずれも交際相手を連れ戻したいという思いから犯罪を重ねた

山形市と東京都江東区で元交際相手の男性2人の親3人を殺害した浅山克己被告、死刑判決が確定

山形市と東京都江東区で元交際相手の男性2人の親3人を殺害した浅山克己被告、死刑判決が確定

 山形市と東京都江東区で2010~11年、元交際相手の男性2人の親3人を殺害したとして、殺人と現住建造物等放火などの罪に問われた浅山克己被告(50)の上告審判決で、最高裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)は13日、被告側の上告を棄却した。

 一、二審の死刑判決が確定する。

 千葉裁判長は「わずか1年余りの間に、いずれも交際相手を連れ戻したいという思いから犯罪を重ねた。人命を軽視する態度で、結果は極めて重大だ」と述べた。

 弁護側は山形での事件について殺意を否定し、死刑回避を訴えていたが、千葉裁判長は退けた。 

(時事通信 2016年6月13日)

浅山克己被告の事件とは?

2002年、スノボに行ったりと仲の良かった二人、お互いに犬も大好きで、世話をしてくれる人が欲しかった浅山克己被告が、浅山小夕里被告に結婚を申し込みました。

小夕里被告はガンの父に花嫁姿を見せたかったことから、結婚を承諾しました。

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こうして始まった二人の結婚生活は、資産家の娘とされる小夕里被告がかつて祖母と一緒に住んでいた古い一軒家から始まりました。

結婚生活は小夕里被告にとっては辛いものでした。克己被告は働かず、毎晩飲み歩き、自分の気に入った男を家に連れ込みました。

そう、克己被告はゲイだったのです。それを黙認して朝早くから仕事に出かける小夕里被告、克己被告に生活費を渡しながら、暴言や暴力を振るわれ支配されていました。

おそらく、克己被告にとって小夕里被告は、住むところとお小遣いをもらえる「金づる」だったのでしょう。

2008年、克己被告は、山家さんと付き合い同棲する

山形県の実家で両親が伝統工芸を営む、山家さんは、同性愛サイトで克己被告と知り合い、そのまま同棲しました。最初は仲の良かった二人も、克己被告からの執拗な暴言と暴力により、山家さんは別れようとしました。

克己被告の口癖は『自分は完璧な人間。神に近い存在』で、山家さんに『クズ』『クソガマ』と執拗に罵っていたようです。

しかし、克己被告は「まわりにも、お前の親にもゲイをバラすぞ」と脅しつづけ、逃亡をふせぐために職場まで迎えに来るようになりました。

そして、山家さんは、たえられなくなり、山形の実家に戻ったのです。

それでも克己被告は、山家さんに電話やメールを送り続け、無理矢理、名古屋に連れ帰ったりもしましたが、「母親の介助をしなければならない」と山形に戻りました。

2010年10月、克己被告は、山家さんの両親がいなくなれば自分の元に戻ってくるのではという勝手な思い込みで、山家さん宅に火をつけました。

山家さんの両親がどういった生活習慣なのかを山家さんから聞いていて確実に死ぬように放火したのではとされています。

この放火の後、山家さんは克己被告と自分がトラブルになっていたと山形県警に相談しましたが、単なる失火として片づけられてしまいました。

2011年、克己被告、大塚さんと付き合い同棲する

東京都江東区に実家がある、大塚さんと克己被告は知り合い、同棲しますが、またもや克己被告の暴言と暴力で二人は別れ、大塚さんは出ていきました。

このとき、克己被告と大塚さんが2階で、小夕里被告は1階に暮らしていたとされています。そして小夕里被告は大塚さんに殴る蹴るの暴力をふるっていたとされています。

そして出て行った大塚さんを克己被告が取り戻そうと、大塚さんの実家の東京都江東区の母親の元に二人で行きますが、母親が大塚さんの行方を教えてくれないことに腹を立て殺害することにしました。

2011年11月、二人は部屋に侵入し、手足を縛ったうえ、プラスチック製のたらいをかぶせ、 中で炭を燃やして一酸化炭素中毒で殺害した上、布団に寝かせ、部屋に灯油をまいて火を付けました。

2012年1月、克己・小夕里両被告、ストーカー規制法違反などで逮捕

大塚さんにつきまとう、克己・小夕里両被告は、住んでいるところをつきとめようと、委任状を偽造して、住民票の写しを申請。転居先まで調べようとしていました。

2012年1月、ストーカー規制法違反と、有印私文書偽造・同行使の疑いで二人は逮捕されます。

間もなく二人は、大塚さんの母親を殺害したことを白状しました。そして克己被告は、山形県の山家さんの両親の殺害も白状することとなります。しかし、殺意があったことは否定したので裁判で争われることとなりました。

2012年3月、克己被告、シーツで首吊り自殺未遂

勾留施設の居室で、ひも状に切ったシーツで首をつっているのが発見されました。一時重体でしたが、のちに意識が戻りました。

2013年6月、克己被告、東京地裁で死刑判決

克己被告は死刑判決を不服として控訴しましたが、控訴審では、2014年10月1日に、東京高裁で八木正一裁判長が控訴棄却して、死刑判決支持となりました。

2012年11月、小夕里被告、懲役18年が確定

東京地裁(近藤宏子裁判長)の裁判員裁判で懲役18年(求刑懲役22年)が言い渡され、控訴せず確定しました。

2016年6月13日、克己被告の死刑が確定

最高裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)は13日、被告側の上告を棄却しました。これにより、一、二審の死刑判決が確定しました。