【熊本地震】ブロック塀の下敷きとなり亡くなった坂本龍也さん(29)早すぎる死

幸せの絶頂にあった若者の命を奪った

高校時代の親友に彼女ができたことを報告

坂本龍也さんが亡くなった場所で手を合わせる川田史彦さん=熊本県益城町で2016年4月17日午後5時31分、三村政司撮影

坂本龍也さんが亡くなった場所で手を合わせる川田史彦さん
=熊本県益城町で2016年4月17日午後5時31分、三村政司撮影

 「彼女できたばい」。幸せの絶頂にあった若者の命を奪った14日夜の地震。熊本県益城町で、ブロック塀の下敷きとなり亡くなった坂本龍也さん(29)= 熊本市東区=は先月、高校時代の親友に彼女ができたことを報告し、近く予定されていた野球部の同窓会を楽しみにしていたという。友人や恩師はその早すぎる 死を悔やんだ。

 ◇死亡の坂本龍也さん(29)、親友ら嘆き

 高校時代の同級生だった川田史彦さん(29)は17日、坂本さんが亡くなった現場を訪れ、手を合わせた。

 先月、電話で話したのが最後。「彼女できたつや(できたのか)」「できたばい」。坂本さんはうれしそうに報告したという。

 2人は熊本農業高校で3年間同じクラスで、同じ野球部に在籍する親友だった。1年の秋、練習がきつくて「部活をやめたい」と言う川田さんに、坂本さんが 「野球やるために熊農に来たんだろ。お前がやめるなら、俺もやめる」と強く引き留めた。川田さんは坂本さんの言葉に支えられ、部活を3年間続けたという。

 農家出身の坂本さんは中学時代から熊本農業高を志望。当時野球部の監督だった桑野功さん(70)は「しっかり勉強して一緒にプレーしよう」と中学時代の 坂本さんに声をかけたのを覚えている。

 その後、坂本さんは見事に合格し、野球部に入部。レギュラーではなかったが、3年時には公式戦にも出場。桑野さんは 「常に練習に一生懸命だった」と話す。

 ここ数年は弁当チェーンの店長として勤務。川田さんは毎年クリスマスに坂本さんの店にオードブルを頼み、坂本さんも喜んでいた。「人思いで、優しいやつだから、従業員にも慕われていたはずだ」と川田さん。

 地震があった翌15日朝、川田さんはニュースで坂本さんの名前を見たが、信じられなかった。何度も携帯電話を鳴らしたがつながらない。

 近く同窓会を開く 約束をしていただけに、親友の早すぎる死をいまだに受け止められない。

 坂本さんが亡くなった現場にこの日、涙をこらえて焼酎を供えた。「飲むって約束した じゃないか。ちゃんと約束を果たしてくれよ」

(毎日新聞 2016年4月17日【吉村周平】)

ニュースで亡くなられた方のお名前が発表されている中、年配の方々の中に29歳という若さで亡くなられている方がいて、不思議に思っていましたら、まさかブロック塀の下敷きとなり亡くなっていたのですね・・・。本当にお気の毒な事故だと思います。

まだまだこれからという時に、この若さで亡くなるなんて、ご家族の方も地震の恐怖に加えて二重のショックでを受けていると思うと、その心労は計り知れません・・・。

坂本龍也さんのご冥福をお祈りいたします。

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