石巻3人殺傷事件、千葉祐太郎被告、死刑判決確定(宮城県石巻市)

極刑を回避すべき事情があるとは評価できない

少年事件の裁判員裁判で死刑判決における初めての最高裁判断

石巻3人殺傷事件、千葉祐太郎被告、死刑判決確定(宮城県石巻市)

石巻3人殺傷事件、千葉祐太郎被告、死刑判決確定(宮城県石巻市)

 

 宮城県石巻市で2010年、3人を殺傷したなどとして殺人罪などに問われ、一、二審で死刑判決を受けた元解体工、千葉祐太郎被告(24)=事件当時 (18)=の上告審判決で、最高裁第1小法廷(大谷直人裁判長)は16日、被告の上告を棄却した。死刑が確定する。

 少年事件の裁判員裁判で唯一、死刑が言い渡された事件で、最高裁が判断を示したのはこれが初めて。

仙台地、高裁判決によると、被告は10年2月10日 朝、共犯の男=同(17)、殺人ほう助罪などで有罪確定=と石巻市にある交際相手の女性の実家に押し入り、女性の姉南部美沙さん=同(20)=と友人の大森実可子さん=同(18)=を刺殺。居合わせた南部さんの知人男性(26)にも大けがをさせ、女性を連れ去った。

 地裁判決は10年11月、「犯行の残虐さや結果の重大性からすれば、被告の罪責は誠に重大。極刑を回避すべき事情があるとは評価できない」と判断し、少年事件の裁判員裁判で初めて求刑通り死刑を言い渡した。高裁も支持し、弁護側が上告していた。

 弁護側は「犯行当時、被告は精神的に未熟だった。更生の可能性がある」と主張。審理が尽くされていないとして、死刑回避を求めていた。

 検察側は「被告の暴力に耐えかねて実家に戻った交際相手を拉致するため、邪魔する者を皆殺しにしようとした残虐な犯行で、死刑は避けられない」と主張していた。

<おことわり>石巻3人殺傷事件の被告について、河北新報社は少年法を尊重し匿名としてきましたが、死刑が確定することで更生、社会復帰の可能性がなく なったことなどを踏まえ、実名に切り替えます。事件の凶悪さや社会的影響、1人の命が匿名のまま奪われることへの懸念なども考慮しました。

[永山基準]連続4人射殺事件の永山則夫元死刑囚=事件当時(19)、1997年8月執行=の第1次上告審判決で、最高裁が示した。(1)犯罪の性質 (2)動機(3)殺害方法(4)殺害された被害者数(5)遺族感情(6)社会的影響(7)年齢(8)前科(9)犯行後の情状-を考察し、刑事責任が極めて 重大で、罪と刑罰の均衡や犯罪予防の観点からやむを得ない場合に死刑が許されるとした。

(河北新報 2016年6月16日)

石巻3人殺傷事件とは?

 2008年頃から、千葉祐太郎被告は、南部沙耶さんと交際しており、二人の間には、麗愛ちゃんという子供もいました。

 付き合っている頃から、沙耶さんは千葉被告の暴力に悩んでおり、子供ができてもそれが変わらないので、実家に逃げ帰っていました。

 千葉被告の暴力はひどいもので、沙耶さんはダンベルで殴られたり首を絞められたり、たばこの火を押しつけられたりしていました。

 そんな沙耶さんの悲惨な状況を知り、姉の美沙さんは気丈にも、事件前日に千葉被告が家に乗り込んで沙耶さんを出すように騒いだ時にも、警察に通報して沙耶さんや麗愛ちゃんには会わせませんでした。

 こんな状況を心配して、沙耶さんの友だちの大森実可子さんや、美沙さんの友だちの男性が事件当日には泊りにきてくれていました。

 警察に通報され逃げていた千葉被告は、沙耶さんは姉の美沙さんのせいで会えないことから、いなくなれば会えるかもしれないとの思いから、殺害を計画しました。

用意周到で計画的な殺害計画

 まず、自分の言うことを聞く友達の男性(家族を殺すと言われて言いなりになっていた)を引き連れて、ホームセンターで包丁を万引させました。

 そして、この友達が主犯になるように、人の刺し方などを指導しますが、友達は主犯になるのを嫌がり、千葉被告が主犯になることを決意します。

 そのため、犯行の際には、千葉被告は皮手袋をして指紋がつかないようにしたり、友達の服を着て行ったりと自分の犯行に見せないようにする用意周到さで南部さんの家に押し入りました。

 忍び込んだ時間が朝の6時40分だったため、家族はみんな寝入っていました。当時、南部さん宅には、母親の南部かつみさん、祖母、美沙さん、沙耶さん、麗愛ちゃん、大森実可子さん、知人男性がいました。

 このうち、姉の美沙さん、友だちの大森実可子さんが次々に刺され、なだめようとした知人男性も刺されます。沙耶さんは左脚を刺されながら、千葉被告らに拉致されてしまいます。

 また、千葉被告は、犯行後、凶器である包丁を「罪をかぶれ」と言って友達に握らせ、指紋をつくようにしたうえで、自分の犯行でなく友達の犯行のように見せかけました。

 事件後、美沙さんの知人男性は病院で目を覚まし、二人が死んだことを告げられショックを受けました。どんなかたちでも生きていてほしかったからです。

 この知人男性の証言から、犯行は千葉被告が主にやっていたことが判明し、千葉被告の友だちは犯行を止めようとしていたこともわかりました。

事件後の千葉被告、被害者、被害者家族の心境

南部沙耶さん

美沙さんに対して
「お姉ちゃんは家族思いで働き者で、けんかもしたんですけど。赤ちゃんの服もいっぱい買ってくれて。自慢のお姉ちゃんだったと思います」

大森実可子さんに対して
「友達思いで家族のことが大好きで夢も持っていたし、自分のことより友達のことを先に考えてくれた優しい友達でした」

大森実可子さんの両親

「遺骨の一部は肌身離さず持っている。ずっと一緒にいたい。この気持ちが理解できるか。自らの命をもって償うほかないのではないか」(父親)

父親は事件前日、実可子さんを友達の家まで送ったという。この時、実可子さんは父親に向けてこんな言葉を残しました。
 「今日泊まってくるかも。バイバイ」それが父と娘の最後の会話になりました。

 「実可子がいなくなり、我が家から笑い声と歌声が消えた。自分の欲のために人の命を簡単に奪う者に対して、正義の決断をお願いします」(母親)

千葉祐太郎被告

「自分のしたことを絶対に忘れないで、ちゃんと忘れないで一生償っていきたいと思います」
 「どんなに反省しても悔やんでも、美沙さんと実可子さんは帰ってこないし、遺族の方の傷は絶対に癒えないので僕のことを恨んで許さないと思います」
 約30秒間、沈黙した後にこう続けました。
 「僕……。僕みたいな最低なことをしてしまう人がもう現れないよう、僕がしてしまったことを……、今後のためにも厳しく処罰してください。以上です」
 言い終わると、千葉被告は頭を下げました。

千葉祐太郎被告の生い立ち

 母親によると、5歳の時に両親が離婚し、トラック運転手の実父と離婚、母親は翌年に再婚し、妹が生まれました。母親はこの再婚相手とも離婚し、別の男性と交際します。

 千葉被告は、このころから母親から拳で殴られる暴力を受けたと述べ、「僕より妹の方が大切なんだと思った」と供述しています。

 母親は男性から暴力を受け、けがとアルコール依存症で入退院を繰り返すようになり、少年はに祖母宅に預けられました。

 少年は徐々に粗暴になり、高校は中退。友人に「すっきりする」と言われたことをきっかけに母親や祖母に暴力を振るうようになりました。

 女性にも暴力を振るうようになったが、少年は、幼少時代に母親が暴力を振るう男性と一緒にいることを選んだのを目にしたため「(女性に)暴力を振るう自分も間違っていないと思った」と供述しています。

防犯カメラ ★10秒前から録画

スマートフォン対応 高画質防犯カメラ